
- 解決済みITSMチケットのクラスタからKB記事とRCA文書を自動生成する
- Amazon S3 Vectorsで既存記事との意味的類似度による重複検出を実現
- Step Functionsの分散マップとSQS FIFOキューで記事キュレーションを並列処理
KnowledgeForgeとは
AWSは2026年8月19日付のブログで、ITサービス管理(ITSM)の解決済みチケットからナレッジベース(KB)記事を自動生成するソリューション「KnowledgeForge」を紹介した。企業のサポートチームは毎月数千件のチケットを解決しているが、そこに含まれる症状・根本原因・対処手順の知見は、チケット履歴に埋もれたままだ。次のエンジニアが同じ問題に直面しても、その解決情報を見つけられないという課題に着目する。
ナレッジベース側にも問題がある。重複記事の蓄積、内容の陳腐化、執筆者や時期による品質のばらつきが発生し、検索しても似た記事が並ぶだけで正確な回答にたどり着きにくい。KnowledgeForgeはチケットからの新規記事生成と、既存KBの分類・重複排除・品質スコアリング・低品質記事の書き直しを同時に実行する。最終的な公開にはナレッジマネージャーのレビューと承認が必要で、人の判断が介在する点も特徴だ。
生成とキュレーションの連携
KnowledgeForgeは互いに連携する2つのサブシステムで構成される。生成側は、同じ問題を表すチケットのクラスタを入力として、KB記事と根本原因分析(RCA)文書の2種類を自動生成する。キュレーション側は、新規生成された記事と既存記事の両方を対象に、タイプ分類、重複チェック、品質スコアリング、改善の4段階を実行する。処理後の記事はServiceNowに送られ、ナレッジマネージャーの承認を受ける。承認結果はAmazon DynamoDBに書き戻される。
2つのサブシステムが閉ループを形成している点が新しい。キュレーション側はすべての記事をベクトル化して保存し、生成側は新しい記事を書く前にそのベクトルを参照する。これにより、過去の記事と用語や手順の一貫性を保ち、実在しない手順を生成するリスクを減らす。記事は取り込み、生成、キュレーション、人によるレビュー、閉ループという5段階を経て管理される。
生成処理の実装
生成処理はAmazon ECSとAWS Fargate上のコンテナで実行する。1テーマあたり2文書の生成に数分かかり、処理は静かな時間と大きなバッチが交互に来るバースト型であるため、キュー長に応じてタスク数を増減できる常駐コンテナの方がAWS Lambdaより適しているとAWSは説明する。モデルにはAmazon Bedrock上のAnthropic Claude Sonnet 4.5を使用し、レスポンスストリーミングでトークンの到着に合わせて文書を組み立てる。
1つのチケットクラスタには、キーワード、記事のスコープ、チケットの説明や作業履歴のサンプルが含まれる。新しいファイルがS3バケットに置かれるとAmazon SQSキューにイベントが送られ、コンテナが最大5テーマを同時に処理する。生成前には、その顧客の既存記事から類似する上位5件をベクトルインデックスから取得し、参照情報としてモデルに渡す。参照記事が存在しない場合はチケットデータだけで生成し、手順部分をレビュー対象としてフラグする。
重複検出とオーケストレーション
重複検出にはAmazon S3 Vectorsを採用した。埋め込みベクトルをAmazon S3に直接保存するため、スタンドアロンのベクトルデータベースが不要になる。各記事はAmazon Titan Text Embeddings V2で1,024次元のベクトルに変換され、顧客ごとのインデックスに保存される。課金はクエリとGB単位で、実行ノード単位ではないため、全記事のベクトルを保持してもコストを抑えやすいという判断だ。
重複判定は、コサイン距離0.05(類似度0.95以上)を初期閾値とし、上位5件の既存ベクトルと照合する。AWSはフラグされたペアをサンプリングして閾値を調整しており、緩すぎると誤検出、厳しすぎると言い換え記事の見逃しが発生する。重複が見つかった場合は、新しい記事を残して古い記事を引退させる。キュレーション全体はAWS Step Functionsの分散マップで制御し、分類と埋め込みの第1フェーズと、重複検出・スコアリング・改善の第2フェーズに分ける。第2フェーズは最大40バッチを並列処理するが、重複検出だけはバッチ内で逐次実行し、バッチ間の順序はAmazon SQS FIFOキューで顧客単位に保証する。
制約と導入の前提
Step Functionsの実行状態は256KBに制限されるため、KnowledgeForgeは記事本文をインラインで渡さず、Amazon S3上のポインタを参照する。また、各記事が実行するAmazon Bedrockの呼び出しは5分を超えることがあるため、分散マップのアイテムプロセッサにはEXPRESSではなくSTANDARDを選び、実行履歴をデバッグに残す設計にしている。これらの工夫は、大規模な文書処理パイプラインを構築する際に再利用できるパターンとして公開されている。
導入には、Amazon BedrockでAnthropic Claude Sonnet 4.5とAmazon Titan Text Embeddings V2のアクセス有効化、AWS CDKの知識、そしてS3やS3 Vectors、Step Functions、Lambda、ECS/Fargate、DynamoDB、SQSなどのリソース作成権限が必要だ。コードはaws-samples/sample-knowledgeforgeリポジトリから取得できる。なお、記事中の重複判定閾値はAWS側のデータで調整された値のため、利用するデータに応じて再調整が必要になる可能性がある。
| 項目 | Amazon S3 Vectors | スタンドアロンのベクトルDB |
|---|---|---|
| ベクトルの保存場所 | Amazon S3内 | 専用のデータベース |
| 課金単位 | クエリとGBごと | 実行ノードごと |
| 追加インフラ | 不要(既存S3があれば) | 必要 |
That knowledge stays locked in ticket history, where the next engineer to hit the same problem won’t find it.
その知見はチケット履歴の中に閉じ込められたままで、同じ問題に直面した次のエンジニアはそれを見つけられない。
今後の見通し
KnowledgeForgeのコードはAWSサンプルリポジトリで公開されており、企業はこれを基に自社のチケットデータでの検証を始められる。今後は、非英語データを含む導入事例や、Amazon S3 Vectorsが大規模な記事数でどの程度の性能を維持するかが明らかになれば、日本企業での適用判断がしやすくなるとみられる。また、重複検出の閾値や品質スコアの基準を自動調整する仕組みが追加されるかも注目点だ。現時点では、チケットの質と量が生成記事の品質を左右するため、自社データでのパイロット検証が次の判断材料になる。
日本の開発者・IT企業にとっての意味
日本のIT企業でも、ITSMツールに蓄積された解決済みチケットがナレッジベースに反映されず、同じ問題の解決に何度も時間をかけるケースは少なくない。KnowledgeForgeが示す、チケットのクラスタから記事を自動生成し、既存記事の重複排除と品質改善まで一貫して行うパイプラインは、サポート工数の削減や回答品質の均一化につながる可能性がある。AWSのマネージドサービスを組み合わせる構成は、すでにAWS上で運用している企業には導入しやすい。一方で、生成品質はモデル選択とプロンプト設計に依存し、日本語のチケットに合わせた調整は各社で必要になる可能性がある。ブログで公開されたサンプルコードを基に、小規模なパイロットから検証を始めるのが現実的な進め方になるだろう。
気になる点
- KnowledgeForgeの利用にはどれくらいのコストがかかるのか。
- 記事には総コストは示されていない。課金対象となるのは、Amazon Bedrockのモデル利用料、Amazon S3 VectorsのクエリとGB単位の料金、ECS/Fargateのコンテナ実行時間、Step Functionsの実行料金など複数の要素だ。規模感を知るには、対象となるチケット量と各サービスの料金表を基にした試算が必要になる。
- ServiceNow以外のITSM製品でも使えるのか。
- ブログ内では、承認ワークフローにServiceNowを使用している。他のITSM製品との連携可否は公表されておらず、ソリューションが特定の製品に依存しているかどうかは公開情報からは判断できない。導入を検討する際は、レビュー工程の代替手段を別途設計する必要があるとみられる。
- 重複検出の閾値はそのまま使えるのか。
- 初期値はコサイン距離0.05(類似度0.95以上)と上位5件の検索で、AWS側がフラグされたペアをサンプリングして調整した値だ。データの書き方や記事の性質によって最適値は変わる可能性が高い。自社の記事を使って重複と判定されるペアを確認し、閾値を調整してから適用するのが望ましい。
用語解説
- ITSM
- ITサービスマネジメント。ITサービスの運用管理の枠組みで、インシデント管理や問題管理などを含む。
- ナレッジベース(KB)
- 障害事例や解決手順を蓄積し、サポート担当者が解決策を検索するための知識データベース。
- RAG(検索拡張生成)
- 回答生成の前に外部情報を検索して文脈に加えることで、正確性と一貫性を高める技術。
- Amazon S3 Vectors
- Amazon S3上でベクトルの保存と類似検索を実現する機能。専用のベクトルDBを追加せずに利用できる。
- コサイン距離
- 2つのベクトルの方向の違いを表す指標。0に近いほど意味的に類似していることを示す。
- RCA(根本原因分析)
- 問題の根本原因を特定し、再発防止策をまとめる分析手法。5-why分析などを用いる。
出典
KnowledgeForge: mining gold from the ITSM ticket graveyard
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