- 276Bパラメータでアクティブは12B、大型モデルとほぼ同等の性能
- Apache 2.0ライセンスで公開、ファインチューニングAPIも提供
- コーディングでは大型を上回るが、事実知識には弱い傾向
発表の概要と背景
Thinking Machinesは、オープンソースのAI言語モデル「Inkling Small」を2026年7月31日に公開しました。同社は元OpenAIのCTOであるMira Murati氏が率いるスタートアップで、2週間前に大型モデル「Inkling」をリリースしたばかりです。今回の小型版は、性能を大幅に落とさずに計算コストを抑えることを狙っています。
Inkling Smallは、総パラメータ276B、アクティブパラメータ12Bのマルチモーダル推論モデルです。テキスト、画像、音声の入力を受け付け、テキストを出力します。コンテキストウィンドウは最大100万トークンに対応しています。
スパースMoEの技術的特徴
Inkling Smallの特徴は、スパースMixture of Experts(MoE)を採用している点です。モデルカードによると、42層のデコーダーが256の専門エキスパートを持ち、トークンごとに6つのエキスパートと2つの共有エキスパートが活性化します。これにより、総パラメータ276Bでありながら、各トークンの処理に使う計算量は12B分に抑えられます。
一方、大型のInklingは総パラメータ975B、アクティブ41Bです。Inkling Smallはサイズが約4分の1でありながら、第三者のベンチマークであるArtificial Analysis Intelligence Indexでは、Inklingの41点に対して40点と、ほぼ同等のスコアを記録しています。同インデックスでは、このサイズ帯のオープンウェイトモデルで最高のスコアとされています。
ライセンスとAPI価格
Inkling Smallは、商用利用が可能なApache 2.0ライセンスで公開されます。モデルの完全なウェイトはHugging Faceでダウンロードでき、企業は自社のインフラにデプロイできます。また、Thinking Machinesが提供するTinkerというアプリケーションAPIを通じてファインチューニング(微調整)も可能です。
API利用では、ローンチ記念として期間限定で50%割引が適用されます。標準の64Kコンテキスト版で、入力トークンが100万あたり0.58ドル、出力が1.44ドル、トレーニングが1.73ドル、キャッシュされた入力が0.116ドルです。256Kコンテキスト版も用意されていますが、料金は高くなります。
ベンチマークの強みと弱み
ベンチマークの詳細を見ると、Inkling Smallは多くのタスクで大型のInklingを上回ります。ソフトウェアエンジニアリングの実践的評価であるSWE-bench Verifiedでは80.2%を記録し、Inklingの77.6%を上回りました。ターミナル操作の評価であるTerminal Bench 2.1でも64.7%と、63.8%のInklingを超えています。その他、SciCodeやHumanity's Last Exam、GPQA Diamond、CritPtでも上回りました。
一方、事実知識やエージェントタスクではInklingに明確に劣る点があります。例えば、金融エージェントの評価であるτ³-Bankingでは15.5%で、Inklingの23.7%を大きく下回ります。また、Artificial AnalysisのOmniscienceスコアはマイナスで、事実に関するカバレッジが弱いことが示されています。ただし、報告されている幻覚(ハルシネーション)率はInklingよりわずかに低いとのことです。
エンタープライズへの示唆
Inkling Smallは、まだラップトップや通常のワークステーションでは実行できませんが、大型モデルに比べて必要なGPUリソースが大幅に減るため、社内にGPUをある程度保有している企業には導入しやすいモデルです。計算要件、推論コスト、デプロイメントのフットプリントを抑えながら、比較的高い性能を維持できる点が評価されています。ただし、モデル自体は依然として大規模で、運用にはGPUサーバーが必要です。
事実知識が弱いという課題は、業務での利用に影響します。コーディング支援やツール利用、文書分析、マルチモーダルワークフローには適していますが、高い正確性が要求される事実確認タスクでは、検索による根拠確認や人間によるレビューが必要です。また、日本語や日本特有のデータに対する性能は記事では言及されておらず、企業は自社のユースケースで検証することが望まれます。
For enterprises, the appeal is not simply that Inkling-Small is smaller. It is that developers appear to give up relatively little capability while reducing the model’s compute requirements, inference costs and deployment footprint.
企業にとっての魅力は、単にInkling-Smallが小さいことではない。開発者はモデルの計算要件、推論コスト、デプロイメントの負担を減らしながら、比較的能力を犠牲にしないという点にある
日本の開発者・IT企業にとっての意味
日本のIT企業にとって、オープンソースの小型高性能モデルは、コストと運用の柔軟性の面で魅力的です。Apache 2.0ライセンスにより、自社サーバーへのデプロイや独自カスタマイズが容易になり、クラウドAPIに依存しないシステム構築が可能になります。特に、外部にデータを出したくない金融や官公庁などの領域では、オンプレミス導入の選択肢が広がります。一方、事実知識が弱いという特性は、日本の法令や業界知識を扱うタスクではリスクになります。そのため、検索拡張生成(RAG)や社内ナレッジベースとの連携など、補完的な仕組みを設計することが重要です。また、日本語での性能は公表されていないため、導入前に日本語ベンチマークでの評価を行うことが推奨されます。
用語解説
- パラメータ
- ニューラルネットワーク内の学習可能な重み。モデルの規模を示す指標で、多いほど表現力が高いが計算コストも増える。
- アクティブパラメータ
- 推論時に実際に計算されるパラメータの数。スパースMoEでは総パラメータより少なく、計算効率が良い。
- Mixture of Experts(MoE)
- 複数の専門化されたネットワークを持ち、入力に応じて一部だけを活性化させる手法。計算コストを抑えられる。
- Apache 2.0
- 商用利用・改変・再配布が可能な緩い条件のオープンソースライセンス。
- コンテキストウィンドウ
- モデルが一度に処理できるトークン数の上限。長い文書や対話の文脈保持に影響。
- 推論
- 学習済みモデルが新しい入力に対して出力を生成する処理。
出典
Thinking Machines debuts Inkling Small open source AI model nearing performance of predecessor at about 1/4 size
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