
- 数学者のAndreas Thom氏が、OpenAIの訓練データの出所について透明性が欠如していると批判した
- OpenAIは非ソフィック群の成果でThom氏らの先行研究への言及が不十分と批判され、解説文を修正した
- OpenAIは特定ユーザーデータの利用を否定する一方、非特定化データの間接的な影響は排除できないとしている
発端となった別の研究者の指摘
数学者のAndreas Thom氏が、Mastodonへの一連の投稿で、OpenAIの訓練データの出所に関する透明性の欠如を批判した。同氏は、自身と同僚がChatGPTと交わしたやり取りが、OpenAIが公表した数学的な成果に寄与した可能性があると懸念を示している。OpenAIは先月、10件の成果を発表しており、そのうち1件はThom氏の専門である「非ソフィック群」に関するものだった。
OpenAIは、この成果がThom氏と数学者のGábor Kun氏による従来の研究に大きく依拠していることを認めている。数学界から、両氏の最近の貢献を明示していないとの批判を受け、同社は解説文をひそかに修正した。非ソフィック群とは、おおまかに言えば、有限の構造では近似できない無限の数学的構造を指す。
透明性をめぐる応酬
今回の批判は、ニューヨーク大学の数学教授Tristan Buckmaster氏が、OpenAIのCodexの利用が同社のモデルに利益をもたらしたのではないかと公開で疑問を呈したことを受けて起きた。Thom氏は、この件をきっかけに自身のOpenAI製品とのやり取りを振り返るようになったと述べている。同氏はまた「OpenAIが我々の手法を詳細に把握していたこと」に驚いたとし、当時それらの手法は最も明白でも最も有望でも解決経路ではなかったとしている。
Thom氏は、OpenAIの研究者Sébastien Bubeck氏と、ハーバード大学の統計学者でもあるMark Sellke氏にメールを送り、自身のChatGPTとのやり取りが「訓練データの一部となったか、推論プロセスから参照可能だったか」を尋ねた。しかし回答は満足のいくものではなく、やり取りに直接アクセスできるかどうかにしか触れておらず、モデル改善に使われる訓練データに入ったかどうかには言及していなかったという。
未解決の点と懸念
Thom氏は「そのような限定も説明も証拠も示されなかった」「これは少なくとも不誠実だと受け取っている」と書いた。研究者にはOpenAIの訓練パイプラインを逆解析して自らの成果が使われたかを調べる手段がなく、「それに必要なデータを持っているのはOpenAIだけだ」と述べている。同社が利用を否定するのであれば、必要なデータセットを開示し、データの利用方法を定めた設定や条件を明らかにする責任があるという立場だ。
同じ構図は、最近のミレニアム懸賞問題に関する成果の説明にも表れている。OpenAIは流体の運動に関するNavier-Stokes方程式の解を発表したブログ記事で、特定のユーザーデータにはアクセスしていないと明確に否定する一方、「可能性は低いが、利用者が当社製品を使ったことに由来する非特定化データがモデル改善に役立った可能性は排除できない」としている。Thom氏はこれを、自身への回答と同じ「曖昧にする区別」だと指摘し、「非特定化は名前を消しても、数学的アイデアの知的内容は消さない」と述べている。
分かっていないことと影響
OpenAIはThe Vergeのコメント要請にすぐには応じていない。Thom氏は、利用者が提供した非公開研究が、同意や適切な開示、クレジットなしにモデル改善に使われ、そのモデルで同じ利用者と出版を競うことになれば「倫理的に擁護できない」と述べている。
数学者の間では、こうした行為が分野をより秘密主義的な方向へ押しやるとの懸念も出ている。大手ブレークスルーに近づいているという噂だけで、資金力のあるテック企業との競争に火が付く可能性があると知れば、研究者が成果を共有しなくなるかもしれない。OpenAIのミレニアム懸賞問題の成果自体は、検証されれば否定しにくい業績だが、同社が「他の研究者が大きく前進したという噂をオンラインで聞き、自分たちも試そうと考えた」という異例の経緯が状況を複雑にしている。
| 論点 | OpenAIの説明 | 研究者側の指摘 |
|---|---|---|
| ユーザーデータへの直接アクセス | 特定のユーザーデータにはアクセスしていないと説明 | 直接アクセスできるかどうかしか答えていない |
| モデル改善への間接的な影響 | 可能性は低いが、非特定化データが役立った可能性は排除できない | 非特定化しても数学的アイデアの知的内容は残る |
| データの開示 | 必要なデータセットの開示には応じていない | 利用を否定するならデータと設定を開示すべき |
While unlikely, we cannot rule out that de-identified data derived from their usage of our products helped improve our models
可能性は低いものの、利用者が当社製品を使用したことに由来する非特定化データが、当社のモデル改善に役立った可能性は排除できない。
今後の見通し
現時点でOpenAIは、訓練データの具体的な構成や、利用者とのやり取りがどう扱われたかを公表していない。今後、Thom氏らが求めるデータセットや設定の開示に同社が応じるかどうかが一つの焦点になるとみられる。また、数学界で共有を控える動きが広がるかは、研究者が安心して未公開の成果を扱える枠組みが示されるかどうかにかかっている。OpenAIの数学的成果そのものの妥当性は別途検証が必要であり、検証結果が明らかになれば、今回の議論の位置づけも変わってくる。
日本の開発者・IT企業にとっての意味
日本のIT企業にとっての論点は、外部のAIサービスに渡した非公開の情報が、どのようにモデル改善へ回るかである。今回OpenAIが示したのは「特定のユーザーデータには直接アクセスしていない」と「非特定化データの間接的な影響は排除できない」を区別する説明であり、この区別は契約やデータ利用ポリシーを読む際にそのまま当てはまる。自社のアルゴリズムや数式、設計方針をプロンプトやコード支援ツールに投入する場合、その内容が競争上の優位を損なう形で再利用されないかを、設定と契約条項の両面で確認する必要がある。また、AIベンダーにデータの扱いの説明責任を求める動きが強まれば、調達時の確認項目が増える可能性がある。
気になる点
- OpenAIはユーザーデータを訓練に使っていないと言い切っているのか
- 言い切っていないと読める。ミレニアム懸賞問題に関する説明では、特定のユーザーデータにはアクセスしていないとする一方で、利用者に由来する非特定化データがモデル改善に役立った可能性は排除できないとしている。この二段構えの説明が、数学者側の不信感につながっている。
- 研究者は自分の成果が使われたか確認する方法があるのか
- Thom氏によれば、研究者がOpenAIの訓練パイプラインを逆解析して確認する手段はなく、必要なデータを持っているのはOpenAIだけだという。そのため同氏は、利用を否定するのであれば必要なデータセットと設定を同社が開示すべきだと主張している。現時点で同社は開示に応じていない。
- 今回の騒動でOpenAIの数学的成果の評価は変わるのか
- 記事は、ミレニアム懸賞問題の成果について、検証されれば否定しにくい業績だとしている。一方で、非ソフィック群の成果では先行研究への言及が不十分として解説文が修正されており、データの出所をめぐる議論とは別に、成果の内容そのものの検証が今後必要とみられる。
用語解説
- 非ソフィック群(non-sofic groups)
- おおまかに言えば、有限の構造では近似できない無限の数学的構造。OpenAIが発表した成果の一つがこの分野に関わる。
- 訓練データ
- AIモデルの学習に使われる大量のテキストなどのデータ。何が含まれるかは通常公開されない。
- 非特定化(de-identification)
- データから氏名などの識別情報を取り除く処理。Thom氏は、名前が消えても数学的アイデアの中身は残ると指摘する。
- ミレニアム懸賞問題
- 数学の難問群。OpenAIが発表したのは、流体の運動を扱うNavier-Stokes方程式に関する成果。
- Codex
- OpenAIのAIツール。記事では、ニューヨーク大学のBuckmaster氏がこれを利用していたと伝えられている。
出典
Mathematicians want proof OpenAI didn’t use their work
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