
- NASAはClaudeで火星探査車の走行計画を2回立案し、人間が経路を確認してから送信した
- NASAとIBMは圧縮AIモデルをISSと衛星で実証し、軌道から洪水や雲を識別した
- 決定論を重んじる宇宙工学の文化と、実データが乏しい環境でのAI学習が課題になる
宇宙で相次いだAI実証
昨年12月、NASAのジェット推進研究所(JPL)はAnthropicのClaudeモデルを使い、火星探査車パーサヴィアランスの走行計画を2回立てました。原文によれば、計画は人間が経路を確認・調整したうえで宇宙機にアップロードされています。つまり宇宙機自身が判断したのではなく、地上での計画作業をAIが支援した形です。
その後も実証は続いています。5月にはNASAとIBMが圧縮したAIモデルを国際宇宙ステーション(ISS)と衛星に搭載し、軌道から洪水や雲といった対象を識別しました。原文はこれを、同種のモデルとしては宇宙で初めて実証されたものと位置づけています。7月にはISSの宇宙飛行士が大規模言語モデル(LLM)を使い、保全手順に関する質問への応用を試しました。
自律性が求められる理由
宇宙機は何十年も前から自律的に運用されています。ただし自律はあくまで補助的な位置づけで、支配的な設計思想ではありませんでした。理由の一つは、宇宙工学が「振る舞いを予測できるシステム」を重視してきたことです。NASAのソフトウェア・ロボティクス・シミュレーション部門で元部長を務めたロバート・アンブローズ氏は、自律はしばしば決定論的な結果を返さず、同じ状況でもそこに至る経路によって振る舞いが変わると指摘しています。
アンブローズ氏は、オライオン宇宙船やロボナット2(2011年に宇宙へ行ったヒューマノイドロボット)などで自律システムに携わってきました。同氏によれば、試験の複雑さはその試験自体の自動化によって管理できるといい、「自律の課題を自律で戦った」と述べています。また、木星の氷に覆われた衛星エウロパのように地球から遠いミッションでは、噴出するプルームに宇宙機が突入する判断を地上が下すのは間に合わず、本物の自律性がなければ「まったく不可能」だとしています。
地上のAIは通用しない
地上のAIとロボティクスの進歩を宇宙に持ち込む動きもあります。Icarus Roboticsは宇宙向けの「ロボット労働力」を開発しており、その一つが自由飛行型ロボットシステムの「Joy」です。Joyはカナダで無重力試験を終え、ISSへの配備が計画されており、初期タスクとしてモジュール間で貨物バッグを運ぶことが想定されています。同社はまず遠隔操作から始め、そのデータを使って最終的にロボットが自律的に働けるよう訓練する計画です。
課題は、地上で学習したモデルがそのままでは通用しないことです。共同創業者でCTOのジェイミー・パーマー氏は、地上では机から物を押し出せば落下するが軌道上では動き続けると説明し、最新のGeminiロボティクスモデルやフィジカルインテリジェンスのモデルを無重力に置けば即座に失敗すると述べています。運用環境の実データがほとんどないため、同社は微小重力下での実演と地上のシミュレーション・試験を組み合わせて自前のデータセットを作っています。共同創業者でCEOのイーサン・バラハス氏は、そのまま使えるデータセットは「今日は意味のある形では存在しない」と話しています。
リスク管理と業界の変化
問題は宇宙機に自由を与えること自体ではなく、そのリスクをどう管理するかです。テキサス大学オースティン校の教授で自律性センター所長を務めるウフク・トプチュ氏は、宇宙アプリケーションの自律性がこれほど少ないことに驚いたと述べ、人間の関与が難しく、リスクが高く、素早い判断が要る場所こそ自律が必要だと指摘します。同氏は、自律システムが決して誤らないことを保証するのは目的になり得ず、制約の多い用途から始めて振る舞いを学び、適用範囲を段階的に広げるべきだとしています。
宇宙産業の構造も変わりつつあります。かつては少数の政府機関が数十年がかりでミッションを設計・運用していましたが、現在は民間企業がより多くの宇宙機を軌道に投入し、開発と打ち上げのサイクルは速くなっています。トプチュ氏は「宇宙はかつて非常に遅いイノベーションサイクルだった」と述べ、状況が変わったと指摘します。ただし原文の時点では、生成AIに宇宙機の制御を委ねられるだけの信頼性はまだないとされています。
| 時期 | 実施主体 | 内容 |
|---|---|---|
| 昨年12月 | NASAジェット推進研究所 / Anthropic | Claudeモデルでパーサヴィアランスの火星走行計画を2回立案。人間が経路を確認・調整して送信 |
| 5月 | NASA / IBM | 圧縮したAIモデルをISSと衛星に搭載し、軌道から洪水や雲を識別。同種のモデルとして宇宙初の実証 |
| 7月 | ISSの宇宙飛行士 | 大規模言語モデルを、保全手順に関する質問への応用として試験 |
Autonomy often does not have a deterministic outcome, which means that how you got into a certain situation changes the behavior.
自律はしばしば決定論的な結果をもたらしません。つまり、ある状況にどう至ったかによって振る舞いが変わってしまうのです。
今後の見通し
当面は、人間が監視する形での部分的な自律が中心になるとみられます。Icarus Roboticsの例が示すように、まず遠隔操作でデータを集め、そのデータを使って自律性を段階的に高める進め方が現実的です。NASAの3件の実証も、人間の確認を前提とするか、対象を限定したタスクにとどまっています。今後の判断材料になるのは、宇宙環境で収集したデータがどれだけ蓄積されるか、そして制約の多い用途からどこまで適用範囲を広げられるかという点です。エウロパのプルーム観測のように地上からの指示が間に合わないミッションで、実際に宇宙機の判断が使われるかが次の節目になるとみられます。
日本の開発者・IT企業にとっての意味
日本のIT企業にとっての示唆は、AIの適用先が「地球上のデータセンター」から「通信が制約される現場」へ広がるという点です。宇宙機は地上と違い遅延が大きく、人間が介在できる時間が限られます。この制約は、遠隔地のプラント、海底、災害現場、工場内の搬送ロボットなど、日本の産業が抱える課題と共通します。記事で挙がっている論点は、決定論的な振る舞いを好むエンジニア文化と非決定論的な生成AIをどう折り合わせるか、学習データが乏しい環境でどうモデルを作るか、リスクをどう段階的に管理するかという点です。宇宙向けの取り組みは、こうした設計手法を先行して試す場になるとみられ、組み込み・ロボティクス・衛星運用に関わる企業は動向を追う価値があります。
気になる点
- Claudeのような生成AIは、すでに宇宙機に搭載されて動いているのですか
- 原文の範囲では、そうした事例は確認できません。昨年12月のパーサヴィアランスの事例は、JPLがClaudeモデルを使って地上で走行計画を立て、人間が経路を確認・調整してから送信したものです。宇宙機上で生成AIが自律的に判断したわけではなく、宇宙機の制御をAIに委ねるにはまだ信頼性が足りないと原文は述べています。
- 宇宙用ロボットの学習データはどうやって集めているのですか
- Icarus Roboticsの例では、微小重力下でロボットを実演させたデータと、地上でのシミュレーション・試験を組み合わせて自前のデータセットを構築しています。同社CEOのバラハス氏によれば、そのままダウンロードして使えるデータセットは、現時点で意味のある形では存在しないということです。
- 日本企業や日本の宇宙機関にも同じような動きはありますか
- この記事はNASA、IBM、Anthropic、Icarus Robotics、テキサス大学オースティン校など米国の事例のみを扱っており、日本での取り組みには言及していません。日本国内の状況については、この記事からは判断できないため、現時点では公表されていないという扱いになります。
用語解説
- 決定論的システム
- 同じ入力と同じ状態からは常に同じ結果が得られるシステム。宇宙工学では予測可能性を重視するため好まれます。
- 非決定論的システム
- 同じ状況でも、そこに至る経路や文脈によって結果が変わりうるシステム。生成AIはこの性質を持つとされます。
- テレオペレーション
- 人間が遠隔から機械を操作すること。宇宙では通信の遅延が大きな制約になります。
- 微小重力
- 軌道上などで重力の影響がほとんどない状態。物を押しても落下せず動き続けるなど、地上とは物理が異なります。
- 大規模言語モデル(LLM)
- 大量のテキストで学習し、自然言語の質問応答や文章生成を行うAIモデル。保全手順の照会などに応用が試されています。
出典
Generative AI Gives Spacecraft the Autonomy Engineers Once Feared
https://spectrum.ieee.org/generative-ai-in-space-exploration
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