
- ウォートン校の試算では、2030年の損益分岐に生産性2.7倍が必要
- ハイパースケーラーの今年の支出は約7,500億ドル、AI収益は1,500億〜2,000億ドル
- 借入依存が強まり、リスクは年金や保険を通じて経済全体に広がる
何が試算されたのか
ペンシルベニア大学ウォートン校の金融学教授ジェシカ・ウォクター氏は、AIが今後数年の経済に与える影響を評価しようとした際、事業面・技術面で多くの不確実な要素に直面した。そこで同氏は、疑いの余地がない「注目すべき事実」から出発することにした。一部のハイパースケーラー(超大規模クラウド事業者)が、AIデータセンターの建設に巨額の資金を投じているという事実である。同氏は共同研究者とともに、こうした支出が2027年までに約1.1兆ドルに達すると推計している。
同氏は、AIモデルがどれほど有用で広く普及するかを予測する代わりに、支出を正当化するにはハイパースケーラーの収益がどれだけ速く伸びる必要があるかを逆算した。その結果、2030年までに損益分岐点に到達するには、資本コストと15%のリターン、資産の減価償却を考慮すると、自社の生産性を2.7倍に高める必要があることが分かった。
ウォクター氏はこれを不可能とは言っていない。実現すれば、1990年代半ばから約10年間続いた米国のITブームと同種の経済成長につながるという。ただし2030年までに達成するには「数年の中に非常に大きな成長を詰め込む」ことになると同氏は述べている。そして収益目標を達成できなければ、利払いが滞り破綻のリスクがあると指摘する。共同研究者とまとめた論文では、生産性ブームが実現しなければ「現在の設備投資は史上最大の資本の誤配分になる」と結論づけている。
支出と収益のギャップ
記事は、この投資が歴史的な規模である一方、それに見合う収益がまだ存在しない点を問題として挙げる。MITスローン経営大学院教授で、バイデン政権下でSEC委員長を務めたゲイリー・ゲンスラー氏は、ハイパースケーラーが数兆ドルを投じる計画を持つ一方、AI関連の総収益は今年1,500億〜2,000億ドル程度にとどまると述べる。「支出にはまだ見合う収益がない。これは事実だ」として、その投資が将来回収されるのかが問われるとしている。
ハイパースケーラーの今年の支出は約7,500億ドルに上り、増勢は鈍る気配がない。ある試算では、Alphabet、Microsoft、Amazon、Meta、Oracle(OpenAIと提携)によるAI設備投資の総額は、今後4年間で5兆ドルを超える可能性があるという。これは産業史上でも最大級の資本投資であり、GDPの約3%に達する可能性も指摘される。
懸念をさらに大きくするのが、施設内に置かれたチップの減価償却だ。データセンターのコストのうち計算用電子機器が約6割を占め、高性能GPUの性能は約2年ごとにおおむね倍増している。今年や来年に稼働を始めるデータセンターの所有者は、競争力を保つために2030年までに次世代チップへ数十億ドルを追加投入する必要がある。プリンストン大学のミヒル・クシルサガル氏は、投資を怠ればデータセンターが「あちこちに散らばった」座礁資産になりかねないと指摘する。
生産性という条件
ゲンスラー氏は、現在のAIインフラへの大規模投資を「資本市場と経済による多重の賭け(parlay bet)」と表現する。成功には、関連しつつも独立した三つの賭けに勝つ必要がある。ハイパースケーラーが巨額の収益を生むこと、AIが広く経済成長を押し上げること、そしてその両方が、データセンターに依存する高価だが高性能なモデルが、多くの企業にとって十分な安価なモデルを退ける間に起きること、である。
コロンビア大学ビジネススクールのステイン・ファン・ニーウベルバーグ氏は、2025〜2032年に約183ギガワットのAI計算容量が建設されるとの想定で、1ギガワット当たり約410億ドルかかると試算する。投資家が最低限受け入れる10%のリターンを前提とすると、2032年までに必要となる年間収益は約3兆7,000億ドルに上るという。
二つ目の賭けである経済全体の生産性向上が、こうした数字の達成には不可欠になる。MITの経済学者で2024年のノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル氏は、生産性の向上が得られなければ「人々はいずれAIに失望し、投資が減り、収益の伸びも制限される」と述べる。米国、英国、ドイツ、豪州の経営幹部約6,000人を対象にした最近の調査では、約9割が過去3年間に生産性の向上はなかったと回答した一方、今後3年間で合計約1.45%の押し上げを見込んでいる。米国の幹部は同期間に2.25%の上昇を予想している。
借り入れが広げるリスク
これまでは自社が蓄えた現金を投じる話であり、リスクは主に自社の財務諸表と株主に限定されていた。しかし今年に入り、これらの企業はデータセンター建設のために多額の借り入れを始めており、リスクは投資家と米国経済全体に広がりつつある。フリーキャッシュフロー(営業キャッシュフローから設備投資を差し引いた額)は、このグループでまもなくマイナスに転じると予想されている。
Alphabetは直近四半期に約1,200億ドルという収益を計上したものの、AIインフラへの支出に食われ、約59億ドルのフリーキャッシュフロー赤字となった。これは2004年のGoogle上場以来初めての不足だという。記事は、将来データセンターの計算能力への需要が落ちても、借入金の返済義務は残ると指摘する。
モルガン・スタンレーは、2025〜2028年にハイパースケーラーがデータセンター建設に投じる2兆9,000億ドルのうち半分超が「外部資本」で調達されると試算する。ファン・ニーウベルバーグ氏は、多くの金融機関が融資や債務保証、プライベートクレジットファンドの形でデータセンターに間接的に関与しており、「人々は自分がこうした資産を保有していることすら知らない」と述べる。同氏によれば、リスクは年金基金や生命保険の中に、見えない形で広く分散しているという。記事は具体例として、メタがルイジアナ州リッチランドで建設中の「Hyperion」データセンターを挙げている。
| 項目 | 金額 | 時期 |
|---|---|---|
| ハイパースケーラーの設備投資 | 約7,500億ドル | 記事の「今年」 |
| AI関連の総収益 | 1,500億〜2,000億ドル | 記事の「今年」 |
| AI設備投資の総額(予測) | 5兆ドル超 | 今後4年間 |
| データセンター投資と調達(推計) | 2兆9,000億ドル(半分超が外部資本) | 2025〜2028年 |
If a productivity boom “fails to materialize,” she and her coauthor conclude in their research paper, “the current buildout will be the largest misallocation of capital in history.”
生産性ブームが「実現しなければ、現在の設備投資は史上最大の資本の誤配分になる」と、同氏と共同研究者は論文で結論づけている。
今後の見通し
記事は、ハイパースケーラーの投資が正当化されるかどうかは、AIが経済全体の生産性を押し上げられるかにかかっていると整理している。ただし、現時点の経済統計にはAIによる生産性向上がほとんど表れていないとされる。経営幹部の調査では今後3年間で1.45%程度の押し上げ期待があるものの、実現するかは不明だ。今後は、ハイパースケーラーのフリーキャッシュフローや借入の状況、顧客企業がAIから実際にコスト削減や増収を得ているかを示すデータが判断材料になるとみられる。記事が挙げた三つの賭けのうち、どれが崩れるかで帰結が変わると考えられる。
日本の開発者・IT企業にとっての意味
日本企業にとって直接の影響が見えにくい投資でも、資金調達の連鎖を通じて間接的に及ぶ可能性がある。記事が指摘するように、データセンター関連の債務は金融機関やプライベートクレジットファンドを経由して広く分散し、年金基金や保険商品の中に組み込まれうる。AI関連支出がGDPの約3%に達しうる規模になれば、米国経済の減速は日本企業の業績や調達環境にも波及しうる。また、AI導入の効果を生産性で示せなければ企業のAI投資は減速し、ベンダーやSIerの案件にも影響するとみられる。GPUの陳腐化を前提とした更新投資の計画は、調達コストの見通しを左右する。
気になる点
- AIバブルは崩壊するのか
- 記事は崩壊を断定していない。ウォクター氏の試算では生産性2.7倍の達成は不可能ではないが、2030年までの実現は「数年の中に非常に大きな成長を詰め込む」ことになるとされる。同氏らの論文は、生産性ブームが実現しなければ現在の設備投資が史上最大の資本誤配分になると結論づけている。
- 日本企業にも影響するのか
- 記事は米国のハイパースケーラーと米国経済に焦点を当てており、日本市場への直接の言及はない。ただしファン・ニーウベルバーグ氏が指摘するように、データセンター関連の債務は金融機関やプライベートクレジットファンドを通じて広く分散し、年金基金や生命保険に組み込まれうる。日本企業への具体的な影響は現時点で公表されていない。
- データセンター投資の採算は何を見れば判断できるか
- 記事では、AI関連収益が今年1,500億〜2,000億ドルである一方、設備投資は7,500億ドル規模とされ、収益が支出に見合っていない点が指摘されている。今後はハイパースケーラーのフリーキャッシュフローと借入状況、顧客企業がAIから生産性向上を得ているかを示す統計が判断材料になるとみられる。
用語解説
- ハイパースケーラー
- 超大規模なクラウド基盤を持ち、AIデータセンター投資を主導する事業者。記事ではAlphabet、Microsoft、Amazon、Meta、Oracleを指す。
- 減価償却
- 設備の取得費用を耐用年数にわたって分割して費用計上すること。GPUなどは世代交代が速く、資産価値の下落が課題になる。
- フリーキャッシュフロー
- 営業活動で得た現金から設備投資を差し引いた金額。マイナスは投資が稼得を上回っている状態を示す。
- プライベートクレジット
- 銀行以外の投資ファンドなどが提供する融資。記事ではデータセンター資金の調達に使われ、リスクが見えにくいと指摘される。
出典
What’s at stake in AI’s trillion-dollar gamble
https://technologyreview.com/2026/09/15/1144028/ai-infrastructure-boom-investment-bubble-risk
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